2020年ベスト④ フェイバリット・ムービー

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 今年は映画を観る量も増えた。自宅で観る数も増えたとは思うけど、映画館に行った回数が今までで一番多かったと思う。今年の真ん中くらいにFilmarksで感想をつけて自分の感じたことをまとめるようになってから、なんだか映画を観るのが面白くなってきたのだ。新文芸坐のオールナイト上映を2回観に行ったりもした。パンフレットもたくさん買った。小出部長が映画パンフは観る前に買うと言っていた(*1)のを見てから映画パンフを観る前に買うようになった。

 それに、実際に好きな作品がたくさんあって、人生のベストテンかも…みたいな作品も複数ある。

 リストは日本公開が2020年の作品から10作。コメントはなるだけスポイラーを避けるようにしたけれども観る前にちょっとでも内容を知りたくない場合は読み飛ばしてください。

 

 

 

 


 

 

10. 山田佳奈「タイトル、拒絶」(Japan)

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 下着姿で線路脇に立つこのメインビジュアルから伊藤沙莉が演じるカノウをどんどん掘り下げていく内容なのかと思うけれど、この映画ではカノウの周囲の人々の内側がどんどん暴かれていく。全てをぶち壊すべく火をつけようとする仕草は2020年に閉じこもるしかなかったわたしたちのはち切れそうな感情を代弁するかのようだった。入江陽のドラムのリズムで緊迫感を出す演出(バードマンが近いと思う)もすごく好きだ。
 

 

 

9. ルル・ワン「フェアウェル」(US)

Lulu Wang, 'The Farewell" (2019)

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 オークワフィナの表情が、猫背が、その佇まいがとにかく良くてそれだけでも楽しい。家族の死期が近いことを知り、戸惑いながらすり減っていく人々の物語だけれど、その描き方はどこかシュールで滑稽だ。それはまるでしきたりに縛られている家族の姿を皮肉るようで、そんな下らない縛りはとっぱらっちゃえばいいんだよ、というメッセージにもとれる。
 
 

 

8. ポン・ジュノ「パラサイト 半地下の家族」 (South Korea)

Bong Joon-Ho, 'Parasite' (2019)

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 こんなこと書いてしょーもないのだけど、正直この映画がどのようにすごかったのか、あまり覚えていないのだ。もう1月のことは遠い昔のように感じるし、この1年で映画に対する自分の中の視点がすごく変化して、当時の感覚が全く思い出せない。ただ、この映画作品に興奮したこと、そしてアカデミー賞監督賞のスピーチに感銘を受けたことはよく覚えている。思えば、今年映画・ドラマや音楽で韓国の作品に多く触れたのもこの映画がきっかけになったからかもしれない。年明け、久しぶりに見るのが楽しみ。

 

 

 

7. クリストファー・ノーラン「TENET」 (US)

Christopher Nolan, 'Tenet' (2020)

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 少しずつ外に足を運び始め、映画館もどんどん行っていいかなと思えるようになったころ。日本一でかいスクリーンで満員の観客と共に見たあの体験は、スターウォーズを初めてリアルタイムで観たEP7公開時のスクリーンで覚えた興奮に近かった。ライブに行けずしばらく大きな音で震わせることのできなかった皮膚をビリビリさせる低音、初見じゃまず理解しきれないゴチャゴチャに交差した時間がその興奮を増幅させる。作品そのものも好きなのだけど、まず映画体験として素晴らしかった。結局わたしはお金がかかった大作が好きなのだなーと思うなど。エントロピーなどのキーワードに対して学生時代に四苦八苦して熱力学を学んだことがここに来て報われた気がしたことも嬉しかった。

 

 

 

6. 古厩智之「のぼる小寺さん」(Japan)

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 池袋 新文芸坐で「アルプススタンドのはしの方」と同時上映された本作。アルプス~目当てで行ったので、想定外のいい出会いだった。

 主人公小寺さんの天然だけどひたむきな姿に周りもどんどん引っ張られて前に進んでいく、というストーリーで、これだけだとありきたりな気もしてしまう。しかし、小寺さん演じる工藤遥がすごく瑞々しい演技をして輝いているので、観ているこっちまで引っ張られていく。その輝きがストーリーに説得力を持たせているから面白い。他の俳優もみんな若さがあふれ出ていて、観ていてずっと楽しいのだ。(一人だけ絶対おっさんだろ!っていう見た目の先輩もいるのだけど、それはそれで良さがある。) ボルダリングが主役の物語だけど、ボルダリングに興味がなくても楽しめるはず。

 

 

 

5. キム・ボラ「はちどり」 (South Korea)

Kim Bora, 'House of Hummingbird' (2018)

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 中学2年というのは国や時代が違ってもみんな不安定なものなんだな、と思った。「中二病」という言葉にあるような"イタさ"ではなく、本当は誰もが抱えていたはずの不安や孤独感、むなしさを描きながら監督曰く「自分の当時の感情にもう一度出会い、和解する」(*2)。だから世界の多くの人が感銘を受けたのではないかな、と思う。
 この映画ではすべての出来事が主人公ウニの視点でとらえられるものとしてのみが映るから、子どもの目には理解できないことがよくわからないまま映される。それに、窓の外の環境音はまるでその場にいるかのように響いてくる(バイクのエンジン音、セミの鳴き声、外を走る子どもの声…)。そういった演出によって確かに当時の自分ともう一度出会うような、そんな気がしてくるのだ。遅い梅雨明けを迎えたばかりの8月のはじめ、映画館を出るとそこは夜で、先ほど体験したウニと先生が公園で話したあとの帰り道が重なった。
 サウンドトラックも素晴らしかった。低音が優しく響くアンビエントトラックと環境音とが重なることで、映画の体験をより素晴らしいものにしてくれた。OST単体で聴いても良いのだけど、映画そのものが2時間20分のアンビエント大作となっていると思う。それに昼間のクラブで踊ったりミックステープを自分で作ってみたりと、韓国の若者の音楽への接し方も興味深くて、監督は音楽もずっと好きだったのかな、と気になった。

 

*2: 雑誌「ユリイカ」 2020年5月 特集「韓国映画の最前線」キム・ボラ監督へのインタビューより。「中二病」という言葉は韓国にもあるらしい。

 

 

 

4. オリヴィア・ワイルド「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」(US)

Olivia Wilde, 'Booksmart' (2019)

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 映画館で声を出して笑わせてくれる映画は全部最高だと思っていて、この作品はその中でも最高傑作。パーティーデビューへの冒険が始まるあたりからずーっと笑っていたし、シーンによってはひどすぎて呼吸困難になるくらいだった。大声を出すのは憚られる世の中で、息を殺しながら笑うからなおさら苦しかった…。もうこれだけでも100点満点。
 卒業前夜、勉強ばかりだった主人公の2人が「一晩で高校生活を取り戻す」という思惑通りに恋愛、ドラッグ、セックス…と一晩で青春を全力疾走していく。そして卒業式に辿り着くころには自分の壁をぶち壊して新しい自分になる。ストーリーはよくあるティーンムービーとも取れるかもしれないけど、エイミーとモリーのバディが最高なのだ。お互いを全力で褒め合い、自虐すると「わたしの親友の悪口は言わないで!」と顔を打つ、ふたりがとても愛おしくて超楽しいのだ。

 「セックス・エデュケーション」もそうだったけど、そこはとっくにジェンダーの垣根が取り払われた世界。その前提があるからマイノリティとしての悩みの先にある物語を描く。こういう作品はどんどん増えていくんだろうな、と思う。

音楽も最高であった。近年の音楽もバンバン取り入れながら物語に寄り添わせていく。「WAVES」も良かったのだけど、ハイコンテクストすぎて曲のリリックをきちんと知らないと楽しめないような雰囲気も感じてしまい、自分はこっちの方が好き。

 

 

 

3. 大九明子「私をくいとめて」(Japan)

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 のんはみつ子の「おひとりさま」生活を本当に楽しそうに演じている。観てるとひとりで焼肉に行きたくなるし、ひとりで旅行に行きたくなるし、ひとりの休日を満喫したあとに「今日はナイスなサタデーであった!」といいたくなるのだ。

 同じく綿谷りさ原作、大九監督の「勝手にふるえてろ」は現実から目を逸らそうとする妄想で自分をひとりに追い込んでいくけど、「私をくいとめて」は現実と向き合おうとする誠実で頼りになる妄想だ。そして、ひとりの自由で楽な時間を失うことへの恐怖と闘いながらも、それでも誰かを好きになるという描き方をする。ひとりで生きることを否定せず、こういう生き方だって楽しいじゃん!と優しく受け入れてくれるからこの作品が好きだ。

 

 

 

 

 

1. アリス・ウー「ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから」 (US)

Alice Wu, 'The Half Of It' (2020)

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 映るすべてのシーンが愛おしくて涙が出てしまう。最初に観たとき、ずっと泣きながら観ていたのを思い出す。追いかけ、追い越し、転びながら、それでも追いかける。繰り返される2人の走りが愛おしい。やさしさにあふれているけど、一方で監督自身の実体験を基にしたというこの作品は自身の苦しみについても振り返る。

 エリーは愛とは何者なのかを告発する。それは自分自身をも告発するようなシーンだ。

'Love is messy and horrible and selfish and ...bold.

It's not finding your perfect half. It's the trying, and reaching, and failing.

 この言葉は観客である私自身をも告発するようだった。愛は厄介でおぞましく身勝手だよなあ、という感覚は自分の中に突き刺さって未だ消えることはない。

 最後のシーンで主人公エリーの周囲への目線が変化したことがわかる。バカにしていたものの中に愛おしさを見つける。それは同じくアジア人監督の実体験を基にした映画である「はちどり」のラストシーンで周囲に目を向けるウニのシーンともリンクする。自身のティーンを振り返り、再会し、抱きしめてあげる。そんな2つの映画のラストがわたしにとっての2020年ベストシーン。